アルコール依存症 心の話

アルコール依存症について③家族の体験談

工事中の宮島の鳥居 アルコール依存症
夫と2019年に宮島にお泊りをした。この時は鳥居は工事中。

体験談②の続きです。
夫からの電話ではなく
警察からの呼び出しでした。
どこかで夫が
事故に遭っているのではないかと
若しくは体調を崩して
倒れているのではないかと
気をもんでいたら見事に裏切られ
家族共々地獄に突き落とされた瞬間でした。

「ご主人が事故を起こされました。
事情をお伺いしたいのでお出で下さい。」
未明に警察に呼び出され
白い息を吐きながら
指示された場所に行くと
ペシャンコに潰れた自家用車と
目が虚ろになって
しょぼくれたように立っている夫と
暗い場所を照らすパトカー2台と
JAFのレッカー車がありました。
夫と警察官の話を聞いて分かってきた状況。
(何本かのお酒をスーパーで購入して飲み
そのまま酔いが冷めるまで
車の中で寝ていたら
私からのラインと着信に気が付いて
私に怒られると思って
慌てて車を走らせ帰ろうとした。
アクセルを強く踏んでしまい
駐車場の岩壁にぶつかって車は故障。
エアバックが開かなかったので
大丈夫だろうと思いつつ
頑張って家まで帰ろうとしたものの
車はそのままエンジンが止まり立往生。
私を呼んでもどうにもならないと思い
JAFを呼んだ。)
事故があった時に
私からの着信があったという理由で
警察の任意同行で
私も取り調べを受ける事になりました。
事故の翌日
娘に実情を話したら
「こんな大事な時に
なんて事をしてくれたの!」と
泣き崩れました。
娘は3月に結納の代わりの
食事会を予定していたのです。
1月には貸衣装屋さんで
娘のウエディングドレスの試着に
付き合ったばかりでした。

1台しかない自家用車は廃車になりました。
落ち着いて考えてみれば
事故を起こしたのが深夜で人通りが無く
人身事故ではなくて単独の対物で
しかも被害が少ない岩の壁であった為
他から訴えられる心配がなかったのが
不幸中の幸いではありました。

夫の会社には事情を話して
「どうにか雇い続けて欲しい」
と懇願しましたが
懲戒免職処分になりました。
表向きには自主退職です。
事故当時は警察の方からは
酒気帯び運転で
自動車免許は取り消しになるだろうと
言われました。
車も免許も無いとなると
家の近くで仕事を探さなくてはいけません。
私の口利きではありますが
元々55歳で再就職出来たことが奇跡的なのです。
しかもコロナ禍で殆どの会社が人員削減を始めていました。
1か月後
本人にとっては幸運にも再就職出来たのですが
危機感が無かったのでしょう。
たった2か月で
自ら再び退職してしまいました。
その時は
「コロナで首になった。」と言っていたので
「それって労働基準法違反だよ。訴えよう。」と
夫に言うと渋ったので
時間をかけて聞いてみると
コロナは大嘘だったという次第。
やることがいちいち子供っぽい夫に
腹が立ちました。
世帯主は男である必要性があるのでしょうか?
後でまた書きますが夫は
今は小さな工場を見つけて
何とか勤めています。
夫が無職であった期間は通算で半年です。
国からの
1人につき10万円の定額給付金がなかったら
どうなっていたことやら!

我が家の大事な一人娘にも
被害が及んでいました。
娘は結婚する予定だった相手に
電話をかけて相談したのですが
向こうは堅い職業の家柄で
父親に前科があると
将来的にも差し支えがあると
相手側の親族から猛烈な反対を受けました。
結婚式の予約を入れた後なので
キャンセル料が発生してしまいます。
まだ本格的に話が流れていなかったので
娘は何とか出来るのではないかと
ギリギリまで粘って
招待状などの準備を始めていました。
キャンセルになるならば
本来であれば此方に非があるので
私たち夫婦がキャンセル料金や
相手の側に(必要ならば)賠償金なりを
払わなければいけないのです。
夫はその時は無職の上に
貯金も出来ていませんでした。
「お父さんが全面的に悪いのに
何で私が被害に遭わなきゃいけないのか。」と
娘には散々詰られました。

更に不幸な事に
コロナ禍で娘まで
無職になってしまいました。
テレワークにより実力が露呈し
娘はすっかり自信を失くしてしまいます。

娘は家を出たいばかりでした。
お父さんはアルコール依存症で
家庭はとっくに崩壊していたのですから
せめて結婚には漕ぎ着けたかったのです。
「どうにかしてよ。責任取ってよ。」
毎日のように娘に責め続けられます。
「お父さんの件で
弁護士さんに相談に行っていたよね?
父親に犯歴があっても
娘が結婚出来るのか聞いてきて。
相手の家族が納得出来るような
始末書と宣言書を書いて。」と
精神的にプレッシャーをかけてきます。
詫び状の代わりになるようなビデオレターも
娘が制作して相手に送りました。
夫が書く文章は低レベルだったので
私が詫び状を書いてフリガナまでふって
それを夫がたどたどしく読み上げるといった
実に情けない動画でした。
「向こうの家に土下座をしに行って。」
娘が言って夫も賛同しましたが
あちらからすれば
「すみません。」と頭を下げられても
「もう良いですよ。」
としか言えないでしょう。
無理に結婚しても親戚中から
嫁いびりされないとも限りません。
(車をレンタルして
コロナ禍で嫌がられる中
他県に謝りに行って余計に迷惑では?)
という話です。
夫もそうかも知れませんが
私にも沢山の課題が
次々と押し付けられていきました。

娘に泣きながら訴えられる毎日。
夫は仕事が決まるまで
ハローワークに意味もなく出掛けては
酔い潰れて帰って来る毎日。
私がいくら働いても
心のサポートをしたくても
私一人の力では
どうする事も出来ませんでした。
全く食欲が無くなり
家族三人が窶れていきました。
夜は寝つけず五感が狂い
足に力が入らず
いつも心臓がバクバクして
眩暈もしていて
まともに歩くことも出来ません。
生きていく気力を
すっかり失っていました。
常に死を考えていました。
不幸の原因である夫に責任を問うと
「なんで儂だけが悪い。
自由に飲ませてくれなかったから
こういう事になったんじゃないか。
どう責任を取れば良い?
儂が死ねば良いのか。」
と泣いて暴れる始末です。
それから二度ほど
夫を精神病院に連れていきましたが
本人は依存症だと思っておらず
事故の原因でさえ私のせいにしていました。

3月頃
私は通勤中
気が緩んだ瞬間に
乗っていたバイクが横転して
左足を剥離骨折してしまいました。
またしてもコロナ禍で
パートの勤め先が
雇用調整助成金を受けられ
一時帰休扱いになり
有給を消化しなくて済んだのでした。
夫と娘が無職で家に居て
私も怪我を負ってリハビリ中。
普段なら目立っていたはずの異常さが
世間で起きている非常事態に紛れてしまい
全く気にならない状態になっていました。

夫が失ったもので一番大きなものは
信頼と信用。
それは生命保険の団体扱いが無効になった為
夫の保険の見直しをしたのですが
名前と誕生日を入力しただけで
モラルリスクの表示が出て判明しました。
「保険料の支払いは延滞しないで下さいね。
生命保険が解約となったら
二度と契約は出来ないと思うので。」と
アドバイザーから忠告されました。
(貴女の夫は警察に登録されている犯罪者ですよ。
何の自由も許されませんよ。)と
生きていく資格を剥奪されたような
希望を持つことさえ許されない気持ちがして
絶望するしかありませんでした。

「時間を無駄にしないでよ。
お金を手に入れる方法をいつも考えて
行動していてよ。」と娘が言い始め
その言葉に促されての行動でしたが
私に自己投資して自信をつけて
夫がいなくても自立した生活が送れるように
5月にブログを始める準備を始めました
副業でアフィリエイトをするべきだと
娘は豪語するのですが
インフルエンサーマーケティングには
興味はありませんし
無理をしてまで
お洒落なシャンプーの宣伝なんて出来ません。
何か悩み相談らしきものが出来ないかと
考えていました。
私たちと同じ境遇の人がいて
同じように困って泣いて
過ごしているかもしれない。
この身に起こったレアな不幸は
一般の人はそうそう体験できません。
これは共有すべきで
助け合えるのではないかと思いました。

実はこの頃
離婚して実家に逃げ帰ろうと考えていました。
田舎に帰って自給自足をして
それを元にブログを書けないかと思っていて
夏野菜から家庭菜園を始めていました。
バイクで危険な道を通りながら
実家に往復して1か月ほど経った
そんなある日
脳梗塞で倒れている父を発見します。
これは介護の話になるので
別のテーマで書く予定です。
父が車を運転する事が出来なくなった事で
廃車になった自家用車の代わりに
父が乗っていた軽自動車が
偶然にも私の所有物になりました。
わざわざ車を買いなおす
必要性がなくなったのです。
父は認知症の疑いがあったので
車の運転も相当怪しく心配していました。
こんな事を言うと問題かも知れませんが
誤解を恐れずに言ってしまうと
正直いって病気で倒れてよかったと
思っています。
車を無理に取り上げる事も
しないで済んだのです。
高齢者が運転する車での事故が
時折ニュースになっていますが
同じ様に父が
事故を起こすのではないかという
心配をしないで済みます。
私の行動範囲が広くなり
あれだけ嫌だった車の運転にも
自信がついてきていました。
バイクに乗るのは
会社から禁止されました。
剝離骨折をしたのですから
無理もありません。
(3月に負った骨折は
半年後の9月に完治しました。)
まるで私は夫の代わりに
一家の大黒柱になったようでした。
「私が全ての責任者になろう。
女が主であってはならないと誰が決めたのか。
男を立てる時代では最早ないだろう。」と
決意をしたのはこの頃です。
緊急で動かなければいけない要件で
携帯電話も頭の中もタスクだらけ。
忙しさに没頭していると
時間ばかりが過ぎていきます。
ブログの更新も止まってしまいました。

2月に起きた飲酒運転についての簡易裁判が
6月にあり刑事罰が決まりました。
酒気帯び運転で2年間の免許取り消し。
罰金は30万円で
振込用紙が送られてきました。
公金の支払いは
6月末までの期限がありましたが
直ぐにはお金は用意出来ません。
公金は払えないと
持ち家が差し押さえになります。
そこは固定資産税や市民県民税と一緒です。
夫が何時までも無職では
住宅ローンが払えなくなると考え
銀行にお願いして
一定期間は返済額を軽減して貰いました。
コロナ禍で
住宅金融支援機構の対応が
緩くなっていたのです。
いずれは任意売却を出来るようにと
5月に手続きをしておきました。
夫の罰金のせいで
強制執行される訳にはいきません。
ローンは私しか組めなかったので
会社の労働組合に相談すると
コロナ禍で生活に困った人が低金利で
パートタイマーでもローンが組める
『勤労者生活支援融資』
というのがあると知り
『労働金庫』から50万円借りることが出来ました。
ローンを組んだのも支払いも7月です。
裁判所には
罰金の支払いを待って頂いていたのです。
電話で度々裁判所から催促されていた夫は
私が持って帰った30万円を
「おっ。ありがとう。」
と軽いタッチで奪っていき
さっさと郵便局に行って納付を済ませ
清々しい顔で帰宅してきました。
あら?
罰金って刑事罰じゃなかったっけ?
私は夫の身代わりに
刑務所に入ったようなものかしら?

この年の夏は父の入院や遠距離介護。
バタバタと忙しい日々を送っていました。
夫の事は私の中では
抱えなければいけない沢山の
大きな荷物の一つになっていました。
せっかく雇って頂けた会社を
「コロナで首になった。」と
ウソをついてまで辞めてしまった夫は
2か月か3か月経った頃
ようやく小さな工場に拾って貰えました。
工場には人懐っこい猫が居て
夫の癒しになっています。
かなり遠いところに通勤しているので
私のローンのお金で自転車を買いました。
「暑かろうと寒かろうと
我慢して通勤するのよ。」と
私に子ども扱いされても
夫は文句を言える立場ではありません。
最近夫は何か思うところがあったのか
真面目に精神病院に通い始めました。
最初に通院した2回は
私が一緒についていきました。
夫は自分が依存症だとは思っていませんから
病院から頂いた『断酒ノート』も
記入しませんでした。
シアナマイドを飲むのも続かなかったのに
自ら進んで病院に行くようになるなんてねぇ!
夫も成長したもんだ!←親目線。

時々夫の様子が変だと
胸騒ぎがしてしまいます。
失ったのは人としての信用です。
それを取り戻すには
長い時間を有するでしょう。
夫は運転免許証の取り消し期間が過ぎたら
原付きバイクの免許を
取得したいと言っています。
バイクは私が乗っていたのがあるから
わざわざ買う必要はありません。
もうその年齢になると
免許は返上するものなのでしょうが
夫にとっては自分の自信を取り戻せる
ステイタスみたいなものですからね。

私はよく会社で他の人から
「旦那さんの勤め先が決まって良かったね。
旦那さんには頑張って働いて貰わないとね。」と
言われる事が多いのですが
「そうね~。」と頷きはしますが内心では
(男の時代は終わったよ。
考え方が封建的だな。
個人個人が自立して強くならないと
これからは古い考えでは生き延びられないよ。)
と思うのです。

人を変えるには
自分が変わらなければいけません。
私が生き生きとしていれば
周りも釣られて元気になっていくのです。
頑張って生きていると
健気に見えるのかも知れないです。
娘は変わらず無職ですが
恨み言をぶつけなくなってきました。
私が元気で娘も元気だと
夫まで釣られて
最初は表向きですが
次第に内側から明るくなっていきました。
止まない雨はないとは
よくいったものです。
なんだかんだと忙しくしているうちに
何とかなるものですよ。
いつの間にか
季節は枯れ葉が舞う季節になっていました。

宮島の回廊は大掃除

宮島に旅行に行ったときは回廊の大掃除中。我が家の大掃除もまだやっていなかったというのに。

体験談④に続きます。

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